【名古屋から来ました】
高速鉄道控え室。 今日は快晴で気温も暑くなく寒くも無くといった喜ばしいものなのに、一人掛けのソファの上には暗雲がみっしりと垂れ込めていた。 打ち合わせからそれぞれ戻ってきた秋田と上越が、殻にこもっている日本一の儲かり路線を胡乱な目で見た。 「東海道、今度は何?山陽」 「あ~、今観光シーズンなのに指定席のダブルブッキングが同じ車両で立て続けに三件、だとさ。しかもそのうち一件は十人ぐらいだけど団体客」 「うわぁ……」 同時に何ともいえない顔になった。 確かにそれはヘコむだろう。 完璧がモットーのこの男なら。 「で、解決したの?」 「一応な。ちょうど二本後で大き目の団体キャンセルが出たんでそこにまとめて便換えできたんだが」 「でもいまだに引きずっている、と」 「いつものことだけれどね。山形は例によって落ち葉増量で絶賛遅延中だっけ?こっち来れないよね」 どーすんの?と明らかに面白がっている顔のひねくれモノに対し、山陽は珍しく不敵に口の端を上げる。 「これが大丈夫なんだな。今回は『もう一人』が今東京に居るんでね。もうすぐ来るはずだぜ」 それを聞いて秋田が弾けるように笑みを浮かべ、上越がぴしりと固まりかけた。 おー見事に反応が対照的、とか思いながら控え室のドアに視線をやったその瞬間、規則正しいが軽めのノックが二回。 「中部私鉄総統括、名鉄名古屋本線入りまーす♪」 物柔らかなテノールの名乗りと共に入ってきた一人の人物。 可愛らしさと格好よさがせめぎあって僅かに格好よさが勝る童顔。 やや癖がかった黒髪は東海道と山陽の中間、左のこめかみから伸びたそこだけ鮮紅色のひと房が印象的で。 秋田と同じくらいの背丈を包む鮮やか寸前のビリジアンのベストとスラックス。 ベストの下、ごくスタンダードな白いワイシャツにネクタイではなく鮮紅色のスカーフをアスコットに結んでいる。 鉄道というよりもフライトアテンダントを思わせる佇まいの青年は眼前の光景に少し目を丸くしたが、即座に事態を把握したらしくそのまま真っ直ぐ東海道の元へ向かう。 正絹の手袋を外した右手がふわりと黒髪に落ち、丁寧かつ滑らかな調子で形の良い頭を何度か撫でると暗雲が少し薄れてようやく顔が上がった。 「……めいてつ?」 「正解」